自由になりたい人必見|静かに生きて考える【書評】


今回はこんな本を読みました!
森博嗣さんが書かれた「静かに生きて考える」です。
本書は「自由になりたい人」必見の本だと言えます。
自由と聞くと、
- お金をたくさん稼いで・・・
- そのお金を株で運用して・・・
- 年間いくらで取り崩して・・・
みたいについついお金の計算をしていまいがちですが、本書では自由になるための
- お金の稼ぎ方、貯め方ではなく
- 心の持ち方、考え方
を書かれています。

森さん節が強烈に漂っていて、興味深い面白さがあります(笑)
つまり、自由になるためにはまずお金がどうこうよりも、マインド面から変えていく必要があるということです。
そこで今回の記事では本書を元に、自由が大好きな私なりの意見を交えて以下のことを解説します!
- 周囲と話を合わせるための経験はいらない
- 他者に期待しすぎない
- 自分自身を諦める
- 柵を削除する
今回の記事を見れば、
- 自由の楽しさを知れる
- 孤独の良さを知れる
- あらゆる縛りから解放される
きっと心の負担が軽くなるはずです。

それでは早速解説に参ります!
周囲と話を合わせるための経験はいらない

現代の街中を見れば万人が同じようなことをしています。
- カフェに行って写真を撮りSNSに「食べました報告」ならぬ「撮りました報告」
- 写真を撮ることを目的に流行りの観光地に行く
- 話を合わせるために流行りの映画を見る
もちろんこれらは自分の意思で主体的に行っている趣味、嗜好なら「楽しそうだね〜、いいね〜」となりますが、世間の情報に流されるまま身体を運んでいては、「ん??」となります。
何が言いたいかというと、「周囲と話を合わせるだけのために足を運んでいないか?」ということです。
時間の無駄にしか見えません。

気の合う友達はどんな話をしても盛り上がる!(笑)
周囲に話を合わせるために行動するというのは、ある意味、
- 本当に自分がしたいことではない
- 最悪の場合、嫌々行っている
可能性があります。
自分の経験を増やすためには、時としてこの時間も必要です。
しかし、自由になりたいのであれば、周囲の情報に身体を委ね続けるだけではいけません。
なぜかと言うと、情報に縛られているからです。
言い換えるなら情報という鎖に繋がれています。

首輪を着けられている犬は自由と言えるでしょうか?
蔓延っている情報というのは人が集まります。
人が集まるということは、流行しているものであり、流行というのは周囲と話を合わせるために持ってこいの場であると言えます。
そのような場は人が溢れ、極端に言えば身動きが取れません。

お正月の超お得な福袋の争奪戦みたいな感じです(笑)
こんな状態では、物理的にも精神的にも自由であるとは言えません。
周囲に話を合わせるために動くのではなく、自分に本来搭載されている欲望や好きなことのために動くべきです。
自由とは、何にも縛られていないいつでもどんな時でも自分の好きなことができるものです。
周囲に合わせず、自分の欲求に素直に従いましょう。
他者に期待しすぎない

私が過去に他者に期待しすぎていた例を挙げます。
- もっと静かにしてくれたらいいのに(読書したいマン)
- なんで休日ばかり雨ふるの?(晴れ好きすぎるマン)
- 自転車の空気ぐらい無料で入れてくれたらいいのに(チャリンコマン)
このように他者に期待しすぎると、不満が募ります。
「なんで思い通りにしてくれないんだッ・・・!」

安心してください、今は改心しました!(笑)
不満が募ると意識が自分の内ではなく、外に向きます。
外に向いているということは、他者を意識している状態が続いているということであり、これは自由とは言えません。
他者を意識しているということは、他者に思考や意識が縛られています。
自由な人というのは意識の指針が自分の内に向いており、
- 今日何しよっかなァ〜
- たこ焼き食べたいなァ〜
- サクッと走ってこ〜よおっ
という感じで、能天気とも言えるでしょうか(笑)。

それは人によるだろッ!
兎にも角にも何が言いたいかというと、他社はコントロールできないので自分の守備範囲だけをしっかり守れということです。
- もっと静かに本を読みたいなら、自宅で読めばいいし
- 休日に晴れてほしいなら、晴れの日を狙って有給を取ればいい
- 自転車の空気をタダで入れてほしいのであれば、空気入れを買えばいい(初期費用はかかるけど、入れれば入れるほど0円に近づく!(アホ))
こうすれば不満の起こりようがありません。
もし起こったとしてもそれは自分のミスであり、他者に反論する余地もなく意識が常に自分の内に向いています。
あくまで意識の指針は自分、こんな状態が自由と言えるでしょう。
自分自身を諦める

自分自身を諦めるとどうなるか?
森さんは本書で以下のように書かれています。
「気持ちが楽になる」

分かる〜!!!
私たちが、
- 何かに疲れたり
- 考え込んでしまったり
- 虚無になってしまったり
するのは、何かを成し遂げようとしているからです。
もちろん何かを成し遂げようとするのは、自分の成長や自己実現に向けて大事なことかもしれません。
しかしそのような人たちばかりではありません。
もし、
- もっと気楽に生きたい
- あらゆる縛りから解放されたい
- 自由な時間が欲しい
という人がいるなら、自分自身を諦めるというのは有効な一手です。

今まで頑張ってきたのだから「休んでもいいじゃないか精神」です(笑)
人は産まれてきただけですごいことであり、親も赤ん坊も褒めてやりたいぐらい、双方は素晴らしいです。(もちろん医者も)
なぜなら我々の役目は人類を存続させることであり、それに既に貢献したからです。
であるならば、もう貢献しなくていい、何も成し遂げなくていい。
ただ生きているだけでいい。
迷惑さえかけなければ十分。
かけるのはお湯だけにして(は?)。
・・・
ということで、人生というのはどうにかなります。(日本という住みやすい国だし!)
私は本当にどうにかなってきた人生です。
- 会社の駐車場に着いた瞬間に「辞めたい」とふと思って、その日に辞めた
- 自転車ごと道路脇の溝に落ちて頭から出血した(それが影響かわからないが、脳天あたりが凹んでいる。今の所、悪影響なし)
- 2社目の会社も退職(理由:お金って必要なくね?って思ったから)

どうにかなってんな〜(笑)
全ては時間が解決してくれると今のところ思っています。
それぐらい気楽に生きた方が、
- 嫌なことがあっても
- 悲しいことがあっても
- 虚無になっても
来週には鼻くそをほじりながら、スマホを片手にショートを見漁ってます。
つまり自分自身を諦めるというのは、「人生どうにかなる」と思うことであり、
- 気負う必要もなく
- 何かを成し遂げる必要もなく
自分のできる範囲で好きなことをやっていくだけでいいのです。
何かを成し遂げられなくても、気楽に生きることができれば、それはそれでいい人生だったと言えるでしょう。
柵を削除する

「柵」と書いて「しがらみ」と読みます。
よろしくお願いしまぁーす。
(私は読めませんでした。誰か読めない人がいると願って自己紹介させました。意味は分かるんですけどね。)
私は色々なイベント事を人生から削除してきました。
もちろん友達や家族といる時は楽しむ時もありますし、そのイベントを真っ向から否定するつもりはありません。
しかし、よく考えてみると時間の無駄にしか思えないのです。
例えば、私が削除した柵の一つ「初詣」を例に考えてみます。
- 神社までの渋滞による時間の無駄
- 神社に入ってからお参りをするまでの行列の時間の無駄
- 帰りも渋滞
- 寒い(こたつで居ようよ?)
本当に時間の無駄でしかありません。(神様に怒られるかな?)
願いが叶うというのなら大いに価値がありますし、「ふんどしのみ入場可」と言われても私は絶対に行きます。
だって、願いが絶対に叶うのですから。
しかし叶ったことなどありません。
- 「今年は彼女ができますように!!!」
- 「宝くじ当たりますように!!!!」
- 「いいことがありますように!!!(いいことはあったが抽象的すぎる)」
全外しだよッ!!!!(児島だよ風)
馬券ならばすぐに破いて、最大限の握力で握り潰しています。(握れないものでよかったね)
他にも以下のイベントを削除してきました。
- 節分
- バレンタイン
- クリスマス
年中のイベントを削除していると思っていただいて間違いありません。
私はこれらのイベントに魅力を感じません。
なぜなら、自分の好きなことにこれらが関与していないからです。
私は、コーヒー、本、散歩、パンが好きです。
- 恵方巻きはパンではないし
- バレンタインはコーヒー豆をチョコにしていないし
- クリスマスはパンが豪華になるわけではない
惰性でイベントは楽しめないから、削除しました。
こう書くと「孤独だね」と言われそうですが、孤独です。
しかし、孤独は自由を引き連れてきます。
こんなに自由で、ひっそり静かに生きられるようになったのは、何のおかげだろうか?
それは、結局、周囲のあらゆる「柵」を断ち切ることができたからだろう。
みなさんも考えてみてほしいのですが、もし周囲に合わせて惰性で行っているイベントを削除できたらどれだけ自由になれるでしょうか?
そのイベントに必須なアイテム、食べ物を買うお金や買いに行く時間が浮きます。
そのお金や時間を自分が好きなことに転換させた方が楽しいと思います。
イベントはある意味、企業の利益アップのために作られたものでもあり、無理矢理参加する必要はありません。
節分の日にピザが食べたいならピザを食べればいいのです。
イベントは用意されるものではなく自分で作るもの。
主体性にこそ楽しさが宿ります。
まとめ:孤独は楽である

結婚した友達がみんな口を揃えて言う定型分があります。
「結婚したら自由がない」
デスヨネー。
何かをすれば何かを得て何かを失います。
結婚は、家族と過ごす幸せを得られます。
そして、自分の時間を失います。
自分の時間を捧げて、家族と過ごす幸せを授かると考えていいでしょう。

ほっこりしますね(笑)
逆に孤独に過ごせば、家族と過ごす幸せを受け取らずに、自由な時間を手に入れることができます。
これは人それぞれ価値観によってどちらがいいか決まるので、正解はなく各個人で選び取ればいいのです。
ただこれだけは言えます。
孤独は楽。
なぜなら自分のことだけを考えればいいからです。
- 飲みの帰りが遅くなっても誰にも迷惑がかからない
- 早朝から釣りに行っても誰も起こさない
- 自分が食べたいものを作ればいい
これもこれで最高の人生と言えるのではないでしょうか?
色々な人生があるからこそ、自分の価値観に沿った人生を選べる。
そこに他者の意見を丸ごと取り入れる必要はない。
たった一度しかない人生(本当か?)、自分の好きなように生きる、いや、生きよう!!!
今日からできる一歩

今回紹介した本はこちらです!
以下に、誰でもできるような簡単なことを宿題として記載しました。
どれか1つ選んですぐに実行してください!
※Level1がすでにクリアできてる人はLevel2を、Level2がすでにクリアできている人はLevel3を選んでください
Level1:孤独に楽に生きたいのか、家族を持ち、家族との時間を大切にしたいのか、自分と相談する
Level2:惰性で参加していたイベントに参加しない
Level3:食べ物の写真をSNSにあげない(他者を気にしない練習という意味!)

フッグは孤独だとサメに食われやすいので、死亡率を下げるために群れます
以上フッグでした〜!

